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   ESSAY   

「もっとも大切なことは、生きることではなく、よく生きることだ」──これは、死を覚悟したソクラテスが獄中で語った言葉だ。

これに対して平穏な日常を過ごす我々は、「よく生きる」とは、目的に向かって主体的に行動して得る充実した生き方のことだと考えがちだ。

私の場合も、日々の単調な暮らしに「命の輝き」を幾分なりとも付け加えることが、「よく生きる」ことだと思ってきた。

しかし、そうした「充実した生き方」も「命の輝き」も自分だけで実現できるわけではなく、他者の協力や励ましがあってはじめて可能になるものなのだ。

たとえば、哲学者の岩田靖夫は、なんのために我々は生きるのかと問いかけて、かけがえのない人と出会うためだと主張する。

かけがえのない人と出会うことによって、自分もかけがえのない存在であることが確認できるからだ。

つくづく、人間は関係性の動物だと思う。

 

最近、私の扱っている健康関連の書籍の女性読者から、天命が尽きる前に自分の手記を世に遺したいとして、こんな手紙が送られてきた。

──自分は十年前に子宮頸ガンになったが、ようやくガンから解放されたと思ったところ、リンパ節転移ステージⅣの診断を受けた。その後、多くの知人、友人、家族に励まされ、支えられながら、十か月過ぎた現在も命を長らえている。──そして、手紙は次のような言葉で結ばれていた。

 

ある意味ではこの十か月、十年は、私にとってかけがえのない人生の宝なのかもしれません。命をいただき、有難うございました。

 

ここには、かけがえのない人々によって、自分の命のかけがえのなさに気づかされたことへの感謝の念が自然にあふれ出てきている。

よく生きるとは、むしろ受苦の極みにありながらも、人々との交わりにおいて、なお生きる尊さや歓びを感じとることではないだろうか。

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